適正な距離

名古屋・セントレアへ向かう飛行機は、航路の関係なのか、東京の上空を大きく横切っていった。
窓の下に、レインボーブリッジへと続く道が見える。
何度も車で走ったことのある道だった。

横浜の家へ帰るとき、わざわざ湾岸線を選んで、レインボーブリッジを通ることがある。
海の上を走っている、あの感覚が好きだ。

左右に水面が広がって、船が行き交い、その向こうに街が続いている。
地上を走っているはずなのに、ほんの少しだけ街から離れているような感覚がある。

そんな場所を、今度はさらに高いところから見下ろしている。

「あそこを、自分は走っていたんだ」

いつもは海の上から街を眺めている。
今日は、その海も、橋も、街も、ひとつの景色として見えていた。
見慣れたはずの場所なのに、急に縮尺が変わったような、不思議な感覚になった。

飛行機は高度を上げながら、東京の上を進んでいく。
建物は途切れることなく続き、その向こうには山がある。
どこまで行っても街だった。

小さな家。
マンション。
ビル。
道路。
工場。
学校。

その一つ一つの中で、今この瞬間も誰かが生活している。

朝ごはんを食べている人がいて、
仕事へ向かっている人がいて、
誰かと喧嘩している人がいて、
恋をしている人がいて、
病院で結果を待っている人もいるかもしれない。

地上にいると、自分の目の前にあることが世界のすべてのように感じる。

仕事の問題。
人間関係。
今日やらなければならないこと。
昨日言われた一言。

だけど空から見ると、そのすべてが小さくなる。

地上から飛行機を見上げることは何度もある。
けれど飛行機の窓から街を見下ろしながら、ふと思った。

これを、人間が作ったのか。

道路を引き、橋を架け、建物を建て、壊して、また建てる。
この巨大な街が今の姿になるまでに、どれほどの破壊と再生があったのだろう。
そして、そのたびにどれほどの人間模様があったのだろう。

誰かにとって人生最高の日だった場所が、別の誰かにとっては二度と思い出したくない場所だったりする。

昔の人間は、山や海や太陽を見て神を感じた。
それはなんとなく分かる。
けれど今、窓の下に広がる建造物の集合体を見ていると、そこにも少しだけ神の存在を感じた。

何世代もの人間が、知識を残し、技術を積み重ね、失敗し、誰かがその続きを作る。
そうやって完成することのない巨大な街を作り続けている。

それもまた、一つの自然なのかもしれない。

飛行機はさらに高度を上げた。
すると、さっきまで一軒一軒見えていた家が、ただの点になった。
道路も細い線になり、人の姿など当然見えない。

不思議なことに、そこまで離れてしまうと、今度は地上で暮らしている人間の生活を想像できなくなった。

近すぎれば、自分のことしか見えない。
遠すぎれば、人間そのものが見えなくなる。

どうやら物事を見るには、適正な距離というものがあるらしい。

機内を見渡した。

窓の外を見て、いろいろ考えている自分。
眠っている人。
少し向こうでは、生まれたばかりであろう赤ちゃんをあやしている女性がいる。
その顔は、とても幸せそうだった。
ゲームに夢中になっている子供もいる。

同じ飛行機に乗り、
同じ場所へ向かっているのに、
考えていることは全員違う。

そんなことを考えているうちに、飛行機は雲の上へ出た。
窓の外は、さっきまでの複雑な街が嘘だったかのように、ただ青かった。

そして壮大なことを考えている自分の耳だけが、
まだ、うまく気圧を抜けないままだった。

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