横浜のクラブカルチャーを、 つないでく
ブリッジがなくなった。あれはひとつの象徴だったと思う。横浜のクラブカルチャーが、このまま途切れてしまうかもしれない。そう強く感じた。 人を躍らせる DJ の現場が減っている。人が集まりカルチャーが育つ場所も減っている。 遊ぶ場所がなくなったという話じゃない。音楽をきっかけに人がつながり、文化が循環していく流れそのものが弱くなっている。 かつて横浜には、独自のディスコ・クラブ文化があった。音楽が街に根づき、そこから新しい才能やシーンが生まれる土壌があった。実際、横浜出身のアーティストはたくさんいる。彼らはこの街のクラブカルチャーの中から出てきた存在だ。 だから自分は、ただイベントを打ちたいわけじゃなく、そういう流れがまた生まれる土壌を作りたい。次の世代の DJ やアーティストたちが横浜で活躍できる場を、ここで途切れさせずにつないでいきたい。 ただ、カルチャーを支えていた前提は大きく変わった。 かつてクラブが持っていた「出会いの場」という役割はネットやアプリに移り、ショート動画で DJ プレイを観て体験した気になれる時代でもある。音楽好きだけでなく、「ちょっと面白そう」で来ていたライトな層が、フロアに来なくなった。 そして横浜には、横浜特有の難しさがある。東京が近いことだ。同じ時間とお金を使うなら、確実に人がいる東京へ流れるのは自然なこと。街としての歴史も規模もあるのに、すぐ隣の巨大な中心地に人も熱も吸い寄せられてしまう。 さらに、気持ちだけでは場を作れない現実もある。深夜に酒を出しながら音楽で遊べる場を作るには「特定遊興飲食店営業」の許可が必要で、神奈川県内でこの営業が認められる地域は限られている。人が集まりやすい場所と、制度上クラブを作れる場所が重ならない。このズレが、横浜にクラブの場を作る難しさのひとつだ。 それでも、だからこそやる意味がある。 一方、DJ の活動の幅は広がった。スポーツの現場、バー、飲食店、ホテル。音楽を届ける場所は増えている。でも、やっぱり僕らにはクラブが必要だ。 あの強烈な音圧の中で、みんなが一心不乱に盛り上がっていく体験は、他の何でも代えられない。フロアの空気が変わって、一曲で熱が上がって、目の前の景色が一気に動く。あの感覚があるから、何年やってもやめられない。 横浜に確かにあったあの流れを、この時代に合った形でつなぎ直す。音楽が好きな人が...